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第2話「脱走」

テイルズ・オブ・オレオ
管理者のプロフィール
[この記事を書いた人]
jyosui

2023年10月末にペットショップで仔猫との運命的な出会いをきっかけにどっぷり猫沼に浸かってしまったアラフィフのサラリーマンおじさん。猫のことをもっとよく知りたいと、譲渡会・猫イベント・地域猫セミナーなどに積極的に参加。ねこ検定初級を受検するなど知識向上にも取り組み中。「世界中の猫を幸せにしたい!」を夢に、保護猫カフェ経営を目指して日々猫活中。

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前回までのあらすじ

飼い主・亜希に連れられて訪れた多頭飼育崩壊現場で、オレオは茶トラの保護猫ビスコと出会った。ビスコが語る「風の便り」——”ジークライオン”が動物たちを攫っているという噂を、オレオは自分でも確かめたいと決意した。

本編

帰宅してからの三日間、オレオは家の中で、いつも通りだった。

亜希の膝の上で喉を鳴らし、ごはんを半分残し(これは猫の礼儀だ)、夕方には窓辺でのびをした。ただ、窓の外を見る時間が、前より少しだけ長くなった。

ベランダの向こうに、同じ空がどこまでも続いている。その空のどこかに、ビスコがいる。被災地がある。ジークライオンがいる。

「オレオ、最近外ばっかり見てるね」

亜希は頬杖をついて、笑った。オレオの耳のあいだを、親指でそっと撫でた。

「先週のあの家の子たち、心配してる? ——みんな、保護施設に行ったよ。ハルもツキもノゾミも、大丈夫」

大丈夫。

その言葉は、亜希が本気で信じている匂いがした。だからオレオは、尻尾の先で「うん」と答えた。

けれど、大丈夫ではない子たちが、まだどこかにいる。オレオの胸の奥、あの夕暮れの金色の光の底に、欠けた耳が焼きついたまま離れない。

その夜、亜希はオンライン会議を夜遅くまでしていた。疲れ切って、網戸の鍵をかけ忘れたまま、ソファで眠ってしまった。

オレオは、しばらくその寝顔を見ていた。

首輪の鈴を、肉球で、そっと押さえた。からん、と鳴らさないために。

網戸は、猫一匹がやっと通れるだけ、薄く開いていた。夜気が、家の中で一度も嗅いだことのない匂いを運んできた。アスファルト、雨上がりの、濡れた木と花の匂い、遠くの電車、知らない人間の夜ごはん。亜希の髪の匂いとは、まったく別の、広い、広い、匂いだった。

「ごめん、亜希」

オレオは、心の中で、そう言った。

「ちょっとだけ、行ってくる」


住宅街は、知らない生き物だった。

昼間の窓ごしに見ていた景色と、夜の地面を歩くそれは、まったく別物だった。塀の影が黒々と伸び、自販機の明かりが青白く光り、どこかの家の換気扇が低く唸っていた。アスファルトは、思っていたよりも冷たくて、ざらざらしていて、肉球の柔らかいところに、小さな石の粒が刺さった。

オレオは塀の下を選んで歩いた。車が通るたびに、心臓が耳の中で鳴った。遠くでコンビニの自動ドアが開く音。笑いながら通り過ぎる高校生の制服のスカートの裾。自分の世界がこんなに狭かったのかと、歩くたびに思い知らされた。

やがて、住宅街のはずれ、電柱の陰。濡れた段ボールの匂い。ここから先は、裏路地と呼ばれる場所らしかった。

「——おい、坊主」

低い声が、背後から落ちてきた。

振り向くと、漆黒の大きな雄猫が、塀の上に座っていた。両耳に古い切れ込みがあり、尻尾は途中で折れ曲がっている。翠の瞳が、暗がりで二つの小さなエメラルドのように光っていた。

「首輪つけた坊ちゃんが、こんな時間に何の用だ」

オレオは、姿勢を低くして、喉の奥で小さく息を整えた。

「ぼくは、オレオ。ちょっと、探しものがあって」

「探しもの」雄猫は鼻で笑った。「裏路地で? 人間に連れて帰ってもらえよ、坊ちゃん。ここはおまえの国じゃない」

オレオは、しばらく黙った。それから、ゆっくりと言った。

ビスコ、って、知ってますか」

雄猫の耳が、ぴくりと動いた。

翠の瞳が、一度細くなり、それから、ほんの少しだけ、やわらかくなった。

「……多頭崩壊から出た、茶トラの」

「はい。救助のときに、会いました。風の便りの話を、してくれて」

雄猫は、しばらく塀の上から動かなかった。夜の風が、彼の尻尾の折れた先をゆらした。

カグラだ」と、彼はようやく名乗った。「路地を仕切ってる。ビスコの名前を出すなら、通してやる。ただし、条件が一つある」

カグラは、折れた尻尾の先を、月のない空へ向けてひと振りした。影の中の瞳が、値踏みするように、オレオの首輪の鈴を見た。

「はい」

「帰りたくなったら、言え。すぐに、家まで送ってやる。——子どもを迷子にはしない

オレオは、首輪の鈴を、もう一度そっと押さえた。

「ありがとう。でも、帰るのは、ちゃんと確かめてからです」

カグラは、ふっと鼻を鳴らした。笑ったようにも、溜息のようにも聞こえた。

「……ついてこい。見せたいものがある。明るすぎて、おまえが泣くかもしれない場所だ」

塀の上を、折れた尻尾の先が、すっと消えた。

オレオは、電柱の影から一歩、踏み出した。

足の裏に、知らない夜の冷たさが伝わった。

次回予告

カグラに連れられ、夜の繁華街へ向かうオレオ。ショーウィンドウの光の中、狭いガラスの檻に閉じ込められた仔犬たち——明るすぎる場所の、暗い秘密。

次回『第3話 檻のなかで鳴く子』。 値札のついた、小さな命たちへ。

オレオの旅のおとも🐾

猫の脱走は、想像よりずっと簡単に起こります。旅立つオレオのように、一度外に出た猫が自力で帰れる確率は、けっして高くありません。

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📖 **連載『テイルズ・オブ・オレオ』全10話・毎週土曜20時更新。** 次回『檻のなかで鳴く子』もお楽しみに。

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