PR

第4話「復興の音」

テイルズ・オブ・オレオ
管理者のプロフィール
[この記事を書いた人]
jyosui

2023年10月末にペットショップで仔猫との運命的な出会いをきっかけにどっぷり猫沼に浸かってしまったアラフィフのサラリーマンおじさん。猫のことをもっとよく知りたいと、譲渡会・猫イベント・地域猫セミナーなどに積極的に参加。ねこ検定初級を受検するなど知識向上にも取り組み中。「世界中の猫を幸せにしたい!」を夢に、保護猫カフェ経営を目指して日々猫活中。

jyosuiをフォローする

前回までのあらすじ

カグラに連れられ、ネオンの繁華街で「売られる仔犬たち」の現実を見たオレオ。貨物列車の三両目、窓が少しだけ開いた車両に飛び乗り、北へ、被災地へと向かう。

本編

貨物列車は、夜のあいだ、ずっと暗いトンネルの音を立てていた。

オレオは、積まれた木箱と木箱の隙間で、小さく丸まっていた。段ボールの中には知らない果物の匂いがして、揺れるたびに、遠くへ、遠くへ、運ばれていくのを、肉球で感じた。

眠ってはいなかった。

目を閉じると、ガラスの向こうの仔犬の、黒々と小さな目が浮かんだ。きっと、助けに戻ってくるから。あの約束を、今は背中に括りつけて走る。

やがて、貨物列車は、ゆっくりと速度を落とし、知らない駅にとまった。

夜明け前の、うす紫の空気。

オレオは、窓の隙間から、被災地に降り立った。


覚悟していた。

焼け野原。崩れたビル。鳴き声ひとつしない、がらんとした世界。噂のジークライオンが、四つ足で街を蹂躙している光景を、頭のどこかで勝手に描いていた。

でも、オレオの目に映ったのは。

トンカン。コンコン。ギコギコ。

瓦礫の隅に組まれた木の足場。そこに板を運ぶ柴犬。釘を口にくわえて運ぶリス。屋根の上で糸を張るカラスたち。小さな仔ネズミまでが、自分の背丈ほどもある麻ひもを、両前足で引っ張っていた。

そして、仮設の集落のまんなかに——「コーヒーあります」と墨で書かれた看板。

空気は、焦げていなかった。

味噌汁と、湿った土と、切りたての木材の匂いがした。どこかで、小さな子猫が、じゃれあって笑う声がした。笑う、という声が、この世界にはまだ残っているのだと、オレオは、自分でも意外なくらい安心した。

「——うぉーい!! そこの坊っちゃーん!!」

突然、真後ろから、太く明るい声が飛んできた。

振り向くと、鼻ぺちゃの、茶色い、ずんぐりした犬が、足を短く動かして全速力で駆け寄ってきていた。舌をだらんと出し、耳をぴょんぴょん揺らしている。よく見ると、首に小さな工具袋を下げている。

「んぐ、はっ、はっ、——はじめまして!! ぼく、タルト!! 見ない顔だね、坊っちゃん、観光?!」

観光、という単語が、被災地という土地にあまりにも似合わなくて、オレオは一瞬、言葉を失った。

「……観光、じゃ、ないよ。オレオ。探しものがあって、都会から来たんだ」

「おおー!! 都会の猫ちゃん!! オレオくん、オレオくん!! じゃあまず朝ごはんだよ、ね?!」

タルトの言葉には、疑いがなかった。

——ない。まるで、ない

オレオが、あの街で一晩かけて少しずつ剥がしていった警戒心の皮を、タルトは三秒でふっとばした。

「まって、タルト。ひとつだけ、先に、聞きたいことがあるんだ」

オレオは、ぐっと肉球を地面に踏みしめた。夜明けの風が、被災地の芝生を渡って、小さな背中にしみた。貨物列車の夜のあいだに、すっかり冷えていた体が、ぶる、とひとつ震えた。

タルトが、目ざとく気づいた。

坊っちゃん、寒いの?!

タルトは、くるりと踵を返した。短い足でぱたぱたと集会所のほうへ駆けていき、小さな木箱を、口の縁で器用に押しながら、また戻ってきた。

中から取り出したのは、紺色の、ぶ厚い布の切れ端だった。

タルトは、その布を、オレオの目の前で、丁寧に、ひろげた。

布の隅に、子どもの稚拙な手で、毛糸の刺繍がしてあった。「ハル と かぞく」と、ひらがなで縫われていた。さらに、もう一方の角には、毛糸で編まれた、小さな星

タルトは、その星を、優しい鼻先で、つん、と、触った。

「これ、ちょっと前に、瓦礫の下で見つけたの!! 人間の、小さい子のジャケットの、切れ端!! ぼく、鼻はきくから、血の匂いはしないって、ちゃんと確かめたよ!! だから、だいじょうぶ!!」

タルトは、その布を、オレオの小さな背中に、器用に回した。首と前足のあいだで、ちょん、と結ぶ。紺色の裾が、ちょうどマントみたいに、オレオの後ろ足まで届いた。

——その瞬間。

オレオは、自分の背中が、思っていたよりも、ずっと、軽く感じた。布の重みと、毛並みの体温が、馴染んだはずの瞬間に、すうっと、ほどけていくような。肉球の下の地面の感触まで、ほんの少し、変わった気がした。雲の上に、ふわりと立っているような、ふしぎな浮き方だった。

ね!! かっこいい!! 旅の猫って感じ!!

オレオは、後ろを振り返った。紺色の布は、朝風に、ふわ、と小さくはためいた。いままで、首輪の鈴の音しか知らなかった自分の後ろで、ちがう種類の音がしていた。布が、風に、鳴る音だった。

「……ありがとう、タルト」

ぼく、捨てられないんだ、そういうの」タルトは、ふん、と鼻を鳴らした。短い尻尾が、ぱた、ぱた、と振れた。「人間の、小さい子が、だいじに使ってたはずの布だからさ。次に大事にしてくれる子に、回したくって、ずっと持ってたんだ」

タルトは、そこで、ふと、丸い目を、細めた。丸い鼻先が、なにかを思い出すように、ぴくり、と一度、動いた。

「——これね、ぼくの感じだと、もうひとつ、似たやつがあるんだよ。海辺の——

タルトは、そこで、言葉を、切った。垂れた耳が、また、ぴくり、と一度、動いた。けれど、それ以上は、なにも、言わなかった。

「血の匂いは、ほんとうに、しないんだ。ただ、誰かを、大事に思ってた匂いだけ、残ってる」

ジークライオンって、知ってる?」

タルトの丸い目が、ぱあっと明るくなった。

あいつ!! うん、知ってる知ってる!! いい奴だよ〜!!」

オレオの世界が、ひと拍、止まった。

「……いい、奴?」

「うん!! めっちゃいい奴!! 今、ここの復興を仕切ってるリーダー!! 筋肉むきむきで、怒るとものすごく怖いんだけど、人前で泣くんだよ!! こないだなんか、仔猫を拾ったとき、ぼろっぼろ泣いちゃって——」

タルトの言葉は止まらなかった。

オレオの耳のおくで、ビスコの低い声がリフレインした。

——風の便りが、ずっと同じ名前を運んでくる。

風の便りは、嘘をつくのだろうか?

あるいは、嘘を、誰かがついているのだろうか?

「タルト」

オレオは、タルトの目をまっすぐ見た。

「ぼくを、そのジークライオンに、会わせてほしい」

タルトは、短い尻尾を千切れんばかりに振った。

「おまかせ!! ちょうど今日は、ライオン、集会所にいるよ!! みんなに紙芝居を読んであげる日だから!!」

紙芝居。

オレオは、もう一度、自分の記憶を疑った。

朝日が、仮設集落の屋根のひとつに、まっすぐ射し込んだ。

そのとき、線路のほうから、もう一本、貨物列車のブレーキ音がした。オレオの耳が、ぴくり、と立った。

——濡れた段ボールと、夜の貨車と、よく知っている、低い、乾いた毛並みの匂い。

「——遅くなった」

軒の影から、ゆっくりと、痩せた茶トラが歩み出てきた。ビスコだった。あばらは前より少しだけ浮いていたが、欠けた左耳は、夜明けの光のなかで、迷いなく、こちらを向いていた。

「保護施設の網戸も、人間が、たまに、鍵をかけ忘れる」

ビスコは、短く、それだけ言った。

わたしも、確かめに来た。約束だから

オレオの背中の紺色のマントが、朝風に、ひと揺れした。タルトが、丸い目を、まんまるに開いた。

お友だちっ?!

「うん」と、オレオは答えた。「いちばん、最初の

遠くで、低い、腹に響く、けれど笑うようにやわらかい声が、ひとつ、響いた。

「——こほん。では、はじめるとするか

オレオの毛が、ぞわりと逆立った。

それは、ほんとうに、ライオンの声だった。

そして、集会所のほうから、小さな動物たちの、きゃっきゃっという歓声が、朝の光に混ざって聞こえてきた。獰猛な王の登場を待つ声——には、どうしても、聞こえなかった。

次回予告

紙芝居を読むジークライオン。集まる子どもの動物たち。噂と、現実の、あまりにも違う姿——オレオが対峙するのは、獰猛な敵か、それとも、もうひとりの被害者か。

次回『第5話 獅子の真実』。 すべては、反転する。

オレオの旅のおとも🐾

災害は、人間だけでなく、動物たちの暮らしも奪います。被災地でがんばるタルトたちを、遠くから支える方法があります。

【リベ大アニマルレスキュー】— どうぶつの殺処分をゼロにする。
みなさんからの寄付を募っています。是非覗いてみてください。

📖 **連載『テイルズ・オブ・オレオ』全10話・毎週土曜20時更新。** 次回、中盤の大きな転換点です。

コメント欄 あなたの愛猫のこと、保護猫活動情報を教えてください!!

タイトルとURLをコピーしました