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第8話「産屋の秘密」

テイルズ・オブ・オレオ
管理者のプロフィール
[この記事を書いた人]
jyosui

2023年10月末にペットショップで仔猫との運命的な出会いをきっかけにどっぷり猫沼に浸かってしまったアラフィフのサラリーマンおじさん。猫のことをもっとよく知りたいと、譲渡会・猫イベント・地域猫セミナーなどに積極的に参加。ねこ検定初級を受検するなど知識向上にも取り組み中。「世界中の猫を幸せにしたい!」を夢に、保護猫カフェ経営を目指して日々猫活中。

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前回までのあらすじ

闇市場で命がけの潜入に成功したオレオ。愛護団体へのチラシを置き、影からはみ出した尻尾を見つかる寸前で、三匹は夜の倉庫を脱出した。業者の取引書類には、ある施設の印——悪徳ブリーダー、丸に星の刻印が、繰り返し押されていた。

本編

施設は、山あいの、舗装されていない道の先にあった。

地図にも載っていない、看板もない。ただ、錆びた鉄のフェンスが、雑木林の中に唐突に続いていて、フェンスの向こうから、きゅうん、きゅうん、という、風邪をひいたような鳴き声が、途切れなく、聞こえてきた。

一匹や二匹ではなかった。

数十匹が、同時に、同じ声で、鳴いていた

ビスコの、足が止まった。

「——ここ、だ」

オレオは、ビスコを見た。ビスコは、フェンスの向こう、建物の影を見つめたまま、動かなかった。痩せた肩が、ほんの少しだけ、震えていた。

「ビスコ」

「——わたしは」声が、ざらついていた。「ここで、生まれた

オレオの胸が、きゅう、と痛んだ。


ビスコの声は、低く、途切れ途切れに続いた。

「母さんの顔は、覚えていない。顔より先に、柵の匂いを覚えた。鉄の錆と、自分たちの、おしっこが乾いた匂い。生まれて一ヶ月で、母さんから離された。母さんは、すぐに、次の子を産まされた。わたしが次に、母さんらしき猫を見たとき——もう、誰が母さんか、わからなかった

オレオは、自分の、遠い、うすぼんやりとした記憶を、探した。自分の母さんの顔も、はっきりとは思い出せない。でも、母さんの匂いには、鉄の錆はなかった。目をとじると浮かぶのは、温い陽だまりと、ほんの少しのミルクの匂いと、亜希の春のようなやさしい笑顔。それだけだった。その差のぶんだけ、オレオは、恵まれていたのだと、ここで、はじめて理解した。

タルトが、鼻を、ビスコの肩にそっと、寄せた。言葉はなかった。

「生まれて二ヶ月で、バイヤーに引き取られた。けど、わたしは売り物にならなかった。柄が悪いって。茶トラの中でも、模様が左右で揃わない個体は、人気がないらしい」

ビスコは、フェンスの金網に、額を、軽く、つけた。

「——わたしの、隣の檻には。自分とは色違いの、柄の良いハチワレの仔猫もいた。長毛で、ふわふわで。毛並みも、きれいで」

ビスコは、その記憶を、額の温度で、確かめるように、しばらく金網に頭を、あずけた。

「あの子は、すぐに売れていった。生まれて、ひと月かそこらで。柄が良いと、そういうもんだ」

オレオは、ふと、自分の毛並みの感触を、はじめて、意識した。

「だから、わたしは、裏から出された人間たちが「多頭飼育崩壊現場」と呼ぶ場所だったけど、あれは、この施設の『在庫処分先』のひとつだった。売れなかったあの子たちを、まとめて預ける、管理されない家。——そこで、わたしは、ハルにも、ツキにも、ノゾミにも、会った」

オレオは、動けなかった。

あの夕暮れの、亜希が一匹ずつ名前をつけていた、あの子たちは——ここで生まれて、運ばれて、運ばれて、遠い町の「裏」に流された

「わたしは、柄が悪かったおかげで、生き延びた」ビスコは、低く笑った。笑い方を、忘れかけているような笑い方だった。「ちゃんと、売れた子たちのほうが、いまどこにいるか、わからない

月が、雲から出た。

フェンスの向こうの建物が、青白く、照らされた。窓のない、プレハブの細長い長屋。ドアの横に、鉄の棒のような給餌管。どこかに空調の室外機が、低く、うめいていた。


ぱきり、と、オレオの後ろで、枝が折れる音がした。

三匹が振り返ると、そこに、巨大な影が、静かに立っていた。

「——すまない、遅れた」

ジークライオンだった。

たてがみが、夜露に濡れて、いつもより、しっとりと重たく見えた。

「闇市に置いてきたチラシ、風の便りに乗って、愛護団体のヤスミのところへ届いた。人間側の準備は、進んでいる。あとは、中の子たちの居場所と、数の特定だ」

ジークライオンは、ビスコの隣に、どっしりと腰を下ろした。

「ビスコ」

「——はい」

「おまえは、中に入らなくていい

ビスコは、大きく、目を見開いた。

「外で、おれたちに、地図を描いてほしい。柵の内側の、すべての記憶を。それで、十分だ。——もう、あの中を、おまえの肉球で、もう一度歩かなくていい

ジークライオンは、そこで、ほんのすこし、声を低くした。

「——おれも、こういう産屋を、昔、ひとつ見たことがある。おれは、中から全部を連れ出せなかった。だから、こうやって外からでも助けられる道があるなら、今度は、それを迷わず選ぶ

ビスコは、涙で濡れた瞳で、ジークライオンを見上げた。はじめて、その大きな獣の瞳の奥に、自分とおなじ温度の、古い火が、ひとつだけ灯っているのを、見た気がした。

ビスコの目の奥の、冷たい火が、ゆらり、と揺れた。長いあいだ、その火は、自分自身の怒りを燃やすための火だった。けれど、いま、それが、誰かに守られる側の火に、はじめて、なろうとしていた。

ひと粒。

ふた粒。

みっ粒、よっ粒。

ビスコが、泣いた

はじめて、声を、出さずに、泣いた。

「——ありがとう、ございます

オレオは、ビスコの肩に、そっと、自分の頭を寄せた。タルトが反対側から、鼻をつけた。ジークライオンは、その三つの頭を、大きな前足で、そっと、抱き寄せた

雑木林の上を、夜風が通った。


しばらくして、ビスコは、すん、と小さく鼻を鳴らし、自分の胸元のあたりを、前足でごそごそと探った。

最初に出てきたのは、——預かっていた、オレオの首輪だった。鈴のついた、小さな輪。

ビスコは、それを、すぐには、返さなかった。痩せた前足の上に乗せたまま、しばらく、その鈴を、見つめていた。——はじめて会った夕暮れに、この首輪を見たときと、同じ目だった。

「……その首輪。やっぱり、おまえも——」

ビスコは、そこで、口を、閉じた。言いかけた続きを、夜の中に、しまいこむように。

「——ううん。なんでもない。おまえの、首輪だ。つけろ」

オレオは、首輪を、もう一度、首に、つけた。からん、と、鈴が鳴った。——あの地下で遠くなっていた亜希の匂いが、また、すぐそばに、もどってきた。

——

それから、ビスコは、もう一度、胸元を、探った。

痩せた指の先から、今度は、小さな金属の粒が、ころん、と地面にこぼれた。

小さな、銀いろの、楕円のなにか。錆びかけた、古い迷子札だった。

「——わたしが、ここから流される時に、売り物につけられる予定だった番号札だ」ビスコは、ぽつりと言った。「柄が悪かったから、名前も番号も、結局、つけてもらえなかった。番号だけ穴が空いてる、これが、わたしが、ここに生まれて持って出られた、唯一のものだ」

ビスコは、その札を、前足の肉球で、そっと、オレオの首輪のそばへ押し出した。

「オレオ。——これを、持っていってくれ

「でも、これ、ビスコの」

「わたしが持っていたって、ただの番号だ。おまえが持てば、ここに、救えなかった名前たちを、連れて行く札になる。おまえは、名前を、持っている側の猫だから」

オレオは、しばらく、その札を見つめた。

それから、ゆっくりと、前足で拾い上げ、首輪のリングに、そっと、引っかけた。

マントの紺色の下で、首輪の鈴と、小さな銀の札が、からん、と、ふたつ一緒に、静かな音を立てた。

作戦は、明日の夜明け。

次回予告

愛護団体と警察、そして動物の仲間たち——すべてが同じ夜明けを目指して動き出す。閉じられていた施設の鉄扉が、開く。約束の夜明けは、解放の朝の、始まりの音でもある。

次回『第9話 約束の夜明け』。 発信する。暴く。連れて帰る。

オレオの旅のおとも🐾

「どこから来たのか」を知ることは、動物と向き合う最初の一歩。優良な繁殖と、そうでないものを、見分ける目を育てる情報がここにあります。

TICA(The International Cat Association/国際猫協会)
1979年にアメリカで設立された世界最大級の純血種・ミックス猫の血統登録団体。世界各国でキャットショー(猫の品評会)を開催し、毛色や体型などの基準(スタンダード)に基づいて猫を評価・認定している。ベンガルやサバンナなど新しい品種をいち早く公認することでも知られていて、猫好きや繁殖家(ブリーダー)から広く支持されている。

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📖 **連載『テイルズ・オブ・オレオ』全10話・毎週土曜20時更新。** クライマックスへ——。

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