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第9話「約束の夜明け」

テイルズ・オブ・オレオ
管理者のプロフィール
[この記事を書いた人]
jyosui

2023年10月末にペットショップで仔猫との運命的な出会いをきっかけにどっぷり猫沼に浸かってしまったアラフィフのサラリーマンおじさん。猫のことをもっとよく知りたいと、譲渡会・猫イベント・地域猫セミナーなどに積極的に参加。ねこ検定初級を受検するなど知識向上にも取り組み中。「世界中の猫を幸せにしたい!」を夢に、保護猫カフェ経営を目指して日々猫活中。

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前回までのあらすじ

悪徳ブリーダー施設の前でビスコは自分の過去を語った。ジークライオンが到着し、「お前は外で地図を描いてくれ」と告げる。愛護団体と人間側の準備は、すでに進んでいた。作戦は、明日の夜明け。

本編

——翌。
夜明け前の空は、薄紫だった。

雑木林の端で、ビスコは、地面に、小枝で、ていねいに地図を描いた。

「ここが、母さんたちが、子を産まされる場所
「ここが、病気の子が、連れて行かれる、別の小屋——みんな、行ったきりになる

ジークライオンが、低く、ひとりごとのように、つぶやいた。
「——隔離棟、と人間が呼ぶやつだな

「ここが、ご飯の管が、もとから、ぎゅっと、止められる、ところ

ジークライオンが、また、低く、つぶやいた。
「——給餌系の、元栓、か

「ここが、唯一の、裏口。鉄のドアのあいだに、古い布きれが、噛ませてある。音を立てずに開けるコツは、下から、斜めに、押し上げること

ビスコの小枝は、地図のいちばん端に、もう一本、細い線を引いた。

「これは——」と、ビスコ。
売り物にならなかった子と、——『もう用済みだ』と言われた、母さんたちが、運ばれていく道」

ジークライオンは、すぐには、答えなかった。
琥珀の瞳が、ほんの一瞬、遠くを見た
喉の奥で、低く、ふう、と、ひとつ、息が落ちた。

「——……そうか」

ジークライオンが、その細い線を、長い前足で、しずかに、なぞった。
「——海への、積み荷ルート、か
ジークライオンは、自分の中で、その線に名づけるように、低く、つぶやいた。

ビスコは、その線の先を、黙って見つめた。

「どこへ運ばれるのか、わたしは、知らない。——ただ、この線の先に行った子は、誰も、戻ってこなかった

ジークライオンの黒いたてがみの、ほんの一筋が、夜露に、ぴり、と震えた。

「——海辺、か

ビスコは、答えなかった。ただ、もう一度、欠けた左耳が、ぴくりと、揺れた。

ビスコは、描き終わると、ふう、と息を吐いた。

「わたしにできるのは、ここまでだ」

「十分すぎる」

ジークライオンは、その地図を、大きな前足で、そっと覆った。


作戦は、同時多発で始まった。

フェンスの正面から、動物愛護団体「ヤスミアニマルレスキュー」の白いワンボックスと、警察車両が、静かに、ライトを消したまま近づいた。人間たちは、段ボールと毛布と、搬送用ケージを、車からたくさん降ろしていた。

そして、同時刻——

雑木林のあちこちから、動物たちが集まってきていた

タヌキ。キツネ。カラス。野良猫たち。カグラの姿も、そこにあった。繁華街から、夜を徹して——どうやって、こんなに早く、とは、誰も訊かなかった。折れた尻尾が、オレオに向かって、ひと振り、されていた。

風の便り、聞いたぜ、坊主

カグラの低い声が、あの夜の電柱の下と、まったく同じ温度で響いた。

「あのペットショップの仔犬たちも、もう一匹も、仕入れさせねえって、ここから発信するんだろう?」

オレオは、深く頷いた。


合図は、ジークライオンの、短い唸りだった。

ガウ、と、腹の底に響く、短い、しかし街じゅうに届くような声。

人間が、正面の鉄扉を切った。

動物たちが、裏口と、給餌管の元栓と、脱出経路の要所に、散った。タルトは、鉄扉のすぐ内側で、ケージから怯えて出ない犬たちを、きゃんきゃん明るく鳴いて誘い出した。「こっち!! こっちだよ!! 外!! 外にでるよ!!」

ケージの扉が、次々に、開かれていった。

錆びた蝶番の軋む音。毛布に包まれて運び出される仔犬。両手ですくい上げられる仔猫。口をあけて空を見上げる老犬。その老犬は、人間の腕の中で、生まれてはじめて、空の色を、ちゃんと見たのかもしれなかった。

人間のスタッフは、一匹一匹に、マジックで首のタグに「番号」ではなく「仮の名前」を書き込んでいた。ナツキ、ソラ、ミルク、タンポポ、ヒナタ。名前は、空気よりも先に、あたらしい呼吸を、この子たちに与えていた。

カラスが、一番高い窓枠から、鋭く、三度、鳴いた。残りのケージの位置を、奥に進むレスキューに知らせる合図だった。


騒ぎを聞きつけ、施設の奥から、作業服の人間が走って出てきた。

けれど、そこには、すでに、警察と、記者と、そして——動物たちが、ずらりと並んでいた。

タヌキが、キツネが、カラスが、野良猫が。そして巨大なジークライオンが、前足を組んで、見下ろしていた。

もう、終わりだ

ジークライオンは、人間の言葉ではなく、獣の言葉で、静かに言った。作業服の男は、その意味が分からなかったはずだ。けれど、その空気は、確かに、伝わった。

男は、ゆっくりと、両手を、上げた。

——けれど、その瞬間、施設の裏手で、別の人影が動いた。

書類の束を抱えた、背の高い別の男。あきらかに、ここの責任者。警察車両が気づくより早く、裏の雑木林に向かって、走っていた。

——男が走っていく方角は、海のほうだった。ビスコの欠けた左耳が、その方角を追って、ぴくりと、一度、揺れた。

タルトが、ぱっと身構えた。「待て!! 逃げるな!!

ジークライオンは、ぐ、と喉を鳴らした。追うか、追わないか——巨大な前足の腱が、一瞬、張り詰めた。

「ジークさん」カグラが、低く、静かに言った。「あれ、追うか?」

ジークライオンは、追わなかった

体の向きを、くるり、とケージのほうへ戻した。

「——追えば、一匹、救う手が減る。今日のおれは、あの男より、ここの四十いくつの命を、先に選ぶ」

カグラは、ふん、と鼻を鳴らした。咎める鼻息ではなかった。納得した鼻息だった。

オレオは、見ていた。

ジークライオンの大きな肩が、ほんの、ほんの少しだけ、震えていた。——逃げる男を、見逃す側の震えだった。完全な勝利ではない。何かを、諦めた者だけが、するふるえ方を、オレオは、ここで、はじめて、獣の体から、読み取った。


空が、紫から、淡い桃色に、変わっていく。

オレオは、ビスコの横に、そっと、座った。

ビスコは、解放されていく犬猫たちを、一匹ずつ、目で数えていた。自分の記憶の中の、名前もつけられなかった兄弟たちに、いまここで、新しい数字を与えるように。

一匹、二匹、三匹——ビスコの目は、数を追うのをやがてやめた。数字は、命のためにあるのではないと、彼の中で、なにかが、ゆっくり、整理されていった。命は、数ではなく、一つずつの朝だ。今日、四十いくつの朝が、はじめて、柵の外に、生まれた。

「——代わりに、生きて出てきた

ビスコは、小さく、呟いた。

「あの子たち、ぜんぶ、生きて、出てきた

朝日が、雑木林のてっぺんに、ぴん、と刺さった。

タルトが、短い前足で、地面を、ぱたぱた、と叩いた。

ね!! 坊っちゃん!! ぼくたち、いま、地球のまんなかに、いる感じ、しない!?

オレオは、笑った。

笑うしかなかった。

次回予告

救出された動物たちは、譲渡会へ。オレオは、あの網戸の、あの家へ。そして、ビスコ、タルト、ジークライオンは、また次の土地へ——それぞれの朝が、やってくる。

次回(最終話)『第10話 それぞれの朝』。 帰る場所と、行く場所の、物語。

オレオの旅のおとも🐾

夜明けを待つのではなく、夜明けを起こすために、いま、できること。

📖 **連載『テイルズ・オブ・オレオ』全10話・毎週土曜20時更新。** 次回、ついに最終話。

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