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第10話(最終話)「それぞれの朝」

テイルズ・オブ・オレオ
管理者のプロフィール
[この記事を書いた人]
jyosui

2023年10月末にペットショップで仔猫との運命的な出会いをきっかけにどっぷり猫沼に浸かってしまったアラフィフのサラリーマンおじさん。猫のことをもっとよく知りたいと、譲渡会・猫イベント・地域猫セミナーなどに積極的に参加。ねこ検定初級を受検するなど知識向上にも取り組み中。「世界中の猫を幸せにしたい!」を夢に、保護猫カフェ経営を目指して日々猫活中。

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前回までのあらすじ

悪徳ブリーダー施設は告発され、閉じ込められていた犬猫たちは、次々と外の空気を吸った。愛護団体「ヤスミ」の白い車は、搬送ケージをいっぱいに積んで、朝日を浴びながら走り出した。

本編


譲渡会は、とても混んでいた。

あの芝生の広場。あの「保護動物と出会う日」の看板。今日は、いつもの三倍の数のテントが立っていた。今日の譲渡会は、ヤスミアニマルレスキューが、主催した、特別な日だった。前日の作戦を一緒に走った仲間たち、近隣の里親希望の家族づれ、保護活動を続けてきたボランティアの人たち、長く預かりさんをしているおばさん——みんな、ヤスミに、声をかけられて、集まっていた。

ヤスミが救い出した子たちは、まだ、預かり場所で、ゆっくり、ご飯を覚えて、人間の手の匂いに、慣れているところだ。新しい家族と出会うのは、その子たちの、準備が、ちゃんと整った、その時

今日のテントに並んでいるのは、近隣の保護団体が、もう、ずっと、新しい家族を待っていた子たち。さくらの花弁が、白いブランケットの上に、ふわり、と落ちる。

オレオは、会場の隅の、大きな桜の木の根元に座っていた。隣にビスコ、その隣にタルト、後ろにジークライオン。ジークライオンは、人間に気づかれないように、大きな体を、丸く、小さく丸めていた。

——そして、桜の幹の、ちょうど影になった裏側。もう一つ、影があった

折れた尻尾の先が、ぴくり、と、一度だけ、揺れた

カグラさん

オレオは、小さく、囁いた。

「ふん」と、カグラは、幹の影から、こちらは見ずに、答えた。「夜を徹して走った帰りだ。あの夜の四十いくつの命が、ちゃんと、生きのびて、日を重ねているか、——確かめに来た。それだけだ

カグラは、それ以上、何も言わなかった。ただ、翠の瞳が、桜の花弁のひとつを、じっと、追っていた。

——

桜の木の根元から、すこし離れた、ヤスミの白いテントのほう。

ヤスミ——あの夜、いちばん先に立って、四十いくつの命を救い出した、ひときわ目を引いた、あの人——が、集まった人たちを、ぐるりと、見回しながら、立っていた。

「——本当に、皆さんのおかげで」

ヤスミの低い声が、芝生の上を、ゆっくり、転がってきた。

「あの夜は、四十二匹を、無事に、預かり場所に、連れて帰れました」

「あの——その子たちは、これから、どうなるんですか?」

——里親希望に来ていた、若いお父さんが、ためらいながら、訊いた。

「まずは、一匹ずつ、お湯と、シャンプー」ヤスミは、太い指を、ひとつ、立てた。「健康診断と、ワクチン。おしっこと、うんちの検査も」

「ふたつめが、避妊と、去勢の手術。これは、もう、絶対に」指が、ふたつ。

「みっつめが——人間の手に、慣れる練習。触られるのが、こわかった子は、ゆっくり、ゆっくり、ね

「ご飯の時間も、決まった時間に出して、生活のリズムを、覚えてもらって」

「半年——あるいは、一年。この子なら、新しいおうちで、ちゃんと暮らせるかなって、わたしたちが、本気で思える日まで、預かり場所で、待ちます」

そのあとで、はじめて、譲渡会に、出します

近隣のおじさんが、ふんふん、と、頷いた。

「——だから、今日、ここに並んでいる子たちは」と、ヤスミが、ぐるりと、譲渡会の芝生を、見回した。「もう、その時間を、超えてきた子たちです。皆さんの団体で、何ヶ月も、何年も、待ってきた子たち」

今日は、その子たちの、晴れの日

ボランティアの女の子が、目もとを、ぐい、と、拭った。

——

ヤスミの目線が、ふっと、桜の木のほうへ、流れた。

大きな影が、丸まっている。
その隣の、もう少し小さな影——折れた尻尾の影——も、しずかに、おなじ方角を、見ていた。
誰も気づかないはずの、その場所。

ヤスミは、ほんの一瞬、口の端を、ほころばせた
ジークライオンも、たてがみの奥で、琥珀の瞳を、ふっと、細めた
カグラの翠の瞳が、二人のあいだに、ちょうど、ふっと、収まった

三つの目が、桜の花弁のうえで、しずかに、ひとつの輪になった。

言葉ではなかった。けれど、確かに、なにかが、通った。

オレオは、それを、見た。
——人間と、ライオンと、路地の野良が、目で、なにかを、ゆっくり、交わしていた。
——もしかしたら、三人は、ずっと前から、知り合いなのかもしれない
——もしかしたら、ずっと前に、何か、ひとつの夜を、一緒に、くぐり抜けたのかもしれない。

カグラの翠の瞳は、それから、ふっと、ビスコの首輪のあたりで、止まった
ビスコの胸の小さな銀の札が、桜の花の影で、ちろり、と、光った。

カグラは、それ以上、その札を、見つめなかった。
ただ、翠の瞳が、ほんの少しだけ、夜の電柱の下のときより、やわらかかった。

ビスコの欠けた左耳が、もう一度、ぴく、と、揺れた。
タルトは、丸い目を、まんまるに、開いたまま、じっと、ヤスミを、見ていた。

——あの人は

タルトが、小さく、つぶやいた。

ぼく、知ってる気がする。風の便りで、何度か、聞いたことが、ある

——半年。一年。

長い、と、オレオは、思った。けれど、ちゃんと長かった。

あの夜、救い出された、四十二匹の子たちは、いま、どこかの預かり場所で、はじめて、ぬるいお湯の感触に、目を細めているのかもしれない。

はじめて、決まった時間の、ご飯の匂いに、しっぽを、ぴくり、と、振っているのかもしれない。

はじめて、人間の手のひらが、こわくない、と、知る朝が、来るのかもしれない。

ぜんぶ、これからの、話だ

——

「——ほら、あの子

タルトが、前足で指した先。

ひとりの男の子が、しゃがみこんで、あのペルシャの子猫と、目を合わせていた。(あの子は、闇市から救い出された後、よその団体さんが、ゆっくり、ケアしてくれていた——今日は、家族との「お見合い」の日)。子猫は、自分の前足を、もう、噛んでいなかった。男の子の指を、こわごわ、くんくん、嗅いでいた。それから、一度だけ、短く、しっぽを振った

「……うん」と、子猫は、言っていた。

オレオの、胸の奥が、ぽかぽかした。

——

会場の反対側では、柴犬の仔が、ボランティアさんと、芝生の上を、三歩、走って、振り返って、また三歩、走っていた。「いつか、家族と、こうやって走るの」——そんな練習の、いちばん最初の、三歩。走れない夢を見ていた日から、本当に、たくさんの三歩が、今日、足の裏に刻まれていた。

「——そろそろ、だな」

ジークライオンが、低く、言った。

オレオは、ぴくり、と耳を立てた。

「おれたちは、次の土地に、行く。まだ、噂が尽きない場所が、いくつも、ある。海辺の町で、同じような施設がある、という風の便りがあった」

タルトが、鼻息を荒くした。

ぼくも行く!! 海!! 海、見たことない!!

「タルト、おまえは足が短いから、道中、おれの背中にのせてやる」

——おれは、路地に戻る

カグラだった。

夜の便りは、おれが捌く。海辺へ向かうおまえさんたちにも、繁華街のショーウィンドウの仔犬たちにも、——風の道は、おれが、繋いでおく

ジークライオンは、たてがみの奥で、琥珀の瞳を、ふっと、細めた。

「——頼む

その「頼む」は、低く、短く、——ただ、ひと言だった。
カグラは、ふん、と鼻を鳴らした。咎める鼻息ではなかった。約束を、もう一度、確かめる鼻息だった。

ビスコは、なにも言わず、朝日の中の譲渡会の景色を、じっと、見ていた。

「——オレオ」

ビスコは、やがて、振り向いた。

おまえは、帰れ

オレオは、瞬きをした。

「ぼく、も、行っては——」

「だめだ。おまえには、名前を、呼んでくれる、帰る場所が、あるんだ

ビスコは、痩せた前足で、オレオの首輪を、そっと、直した。首輪の位置が、旅のあいだに、少し斜めになっていた。ビスコは、それを、まっすぐに戻した。

ビスコの瞳が、ふっと、その首輪の上で、止まった。

「——おまえとは、どこかで、会った気がする

「え?」

「ううん。なんでもない。気のせい、だな」

ビスコは、ふっと、自分の言葉を、笑った。痩せた肩が、ほんの一度だけ、ゆれた。

「わたしたちは、帰る場所を、これから、探しに行く。おまえには、もう、ある。——ある、っていうのは、すごいことだ


オレオは、深く、息を吸った。

それから、自分の背中のマントの結び目を、前足で、ゆっくり、ほどいた。

紺色の布が、芝生の上に、ふわ、と広がった。子どもの小さなジャケットの切れ端。タルトが、瓦礫の中から拾って、次に大事にしてくれる子に渡したいと、ずっと持っていた、あの布。

「タルト。これ、次の子に

「え」タルトの丸い目が、見開かれた。「坊っちゃんが、持ってなよ!!」

「ぼくには、もう、首輪がある。次の土地で、また寒い朝が来る子に、これ、渡して

タルトの丸い鼻先が、ひく、と動いた。短い前足で、その畳まれたマントを、大事そうに、くわえた。

次に、オレオは、首輪のリングから、小さな銀の札を、そっと、外した。

「ビスコ。この札は、産屋で流された子たちの名前だよね。ぼくの首輪は、家の中の名前しかつけられない首輪だから。これは、ビスコが持っていて。次に、名前のない子に会ったとき、渡してあげて

ビスコの瞳の火が、大きく、一度、揺れた。

「——わかった

ビスコは、その小さな札を、自分の前足の肉球で、そっと、包んだ。

——

ジークライオンが、ゆっくりと、太い前足を上げた。

「待て、オレオ。——おまえにも、ひとつ、渡しておくものがある

ジークライオンは、太いたてがみの奥から、何かを、爪の先で、ゆっくりとつまみだした。

——銀の三日月の形をした、小さな鈴。古く、すこし錆びていて、けれど、芯のところだけが、磨かれていた。

「——これは、おれが、サーカスの檻にいたころ、首にぶら下げられていた鈴だ」

「合図のために鳴らせと言われていた。けど、おれは、人間に向かっては、一度も、鳴らさなかった

ジークライオンの琥珀の瞳が、ほんの一瞬、遠くを見た。

「——本当の使い道を、おれは、まだ、おまえに話していない」

「それは、いつか、別の旅で、誰かが教えてくれる」

オレオは、聞き返さなかった。聞いてはいけない、と、何かが、毛並みの底で、ささやいた。

ジークライオンは、その鈴を、オレオの首輪のリングに、ゆっくりと、通した。

首輪の鈴と、ジークライオンの三日月の鈴。

二つが重なり、からん、と、音がまじり合った。

「——ほんとうに大事な人間に鳴らせ。届くかもしれん」

ジークライオンは、そこで、もう一度、口を開いた。低く、ひとりごとのように。

「——海辺の町には、おれの、知らない壁がある

「壁?」

「うん。けど、おれは、その壁を、見たことがない。——だから、おれには、解けない」

ジークライオンは、それ以上は、何も言わなかった。ただ、ふっと、口の端を、ほころばせただけだった。


オレオの目頭が、熱くなった。

「また、会える、かな」

「風の便りを、聞いていろ」

ビスコの瞳の奥の、冷たい火は、もう、冷たくなかった。小さな、ぽ、という、あったかい色の火に、変わっていた。

タルトが、ぴょん、と跳ねた。

坊っちゃん!! ぼくたち、海で、いいもの見つけたら、絶対に手紙、送るから!!

「手紙、どうやって?」

「風!!」タルトは、自信満々に胸を張った。「風に乗せるのが、いちばん早い!!

ジークライオンは、口の端を、小さくほころばせた。

「——じゃあな、小さなレスキュー隊長

ジークライオンは、そこで、ほんのすこし、声を落とした。

「オレオ。——おまえの優しさは、おれが、どこかで捨てたものだ。おれは、救いきれない夜に、それを、手放した。だから、おまえは、手放さずに、行け。おれの代わりに、背負わなくていい。ただ、捨てずに、次の朝まで、持っていってくれ」

オレオは、深く、一度、頷いた。


カグラは、それより一歩、はやく、桜の木の影から、立ち上がっていた

坊主

オレオは、振り向いた。

よく、ここまで来たな

カグラは、それだけ言うと、折れた尻尾の先を、ぴく、と、一度だけ振った。
——あの夜の、電柱の下と、まったく同じ、振り方だった。

それから、カグラの翠の瞳は、ビスコの方へ、ほんのひと呼吸だけ、向けられた

ビスコは、その瞳に、気づいたのか、気づかなかったのか——ただ、欠けた左耳を、ぴく、と、一度だけ、揺らした。

翠の瞳と、欠けた左耳のあいだを、桜の花弁が、ふわり、と、一枚、流れた。

カグラは、それ以上、何も言わなかった。
ただ、塀のほうへ、しずかに、歩き出した。——路地のほうへ


三つの影が、桜の木の下を、反対側へ、ゆっくりと、歩き出した。海辺の方角へ。芝生が、朝日の中で、さらさらと光っていた。ジークライオンの大きな足跡のあいだに、ビスコの小さな足跡と、タルトの丸い足跡が、仲良く並んで、続いていた。

そして、芝生の反対側、塀のほうへ——もう一筋、折れた尻尾の影が、ひっそりと、消えていった。


そうして、桜の広場には、オレオひとりが、残った。

——ひとりは、あの、貨物列車の夜、いらいだった。けれど、あのときとは、ちがって、こわくは、なかった。帰る場所が、あったから

その夜、オレオは、星明かりの道を、ひとりで歩いた。歩くたびに、首輪の鈴と、三日月の鈴が、ふれあって、からん、と鳴った。——けれど、鳴っているのは、いつもの首輪の鈴。三日月の鈴は、まだ、自分の声では、鳴かなかった

——亜希は、元気だろうか。心配を、かけて、いないだろうか。そう思うと、足が、すこし、はやくなった。

夜の道にも、桜の花びらは、散っていた。


オレオが、亜希のマンションのベランダに、飛び乗ったのは、翌日の、午後だった

網戸は、あの夜と同じように、少しだけ、開いていた。

中で、亜希が、電話をしていた。

「……はい。まだ、です。……すみません、何度も。……はい、似た子の届けがあったら、すぐに——」

亜希の声は、疲れていた。
二週間、ずっと、その色だったのだろう、声が。

オレオは、網戸の隙間から、するり、と、中に入った。

足音は、立てなかった。

ただ、首輪の鈴が、からん、と、ひと粒、転がるように、鳴った。

亜希が、ゆっくりと、振り向いた。

電話が、床に、落ちた。

「——……」

声は、出ないようだった。

代わりに、両手が、こちらへ伸びてきた。

オレオは、その膝の上に、どん、と、飛び乗った。首輪の鈴が、もう一度、からん、と、家の中でいちばん似合う音で、鳴った。

亜希の、濡れた頬が、オレオの背中に、つけられた。

「——おかえり、オレオ

オレオは、尻尾の先で、返事をした。

ただいま、亜希。

窓の外の空のどこかで、風が、一度、ふわり、と、吹いた。

それは、遠くの海辺から、はじめての手紙を、運んできたような、風だった。


『テイルズ・オブ・オレオ』全10話、これにて完結。けれど、風の便りは、まだ吹いている。

オレオの旅のおとも🐾〜編集後記〜

『テイルズ・オブ・オレオ』全10話、お読みいただきありがとうございました。この物語が、ほんの少しでも、あなたの世界の「動物たち」に向ける眼差しを、やわらかくできたなら幸いです。

この物語にも描いたような、自らをアニマルレスキューや譲渡会、啓蒙活動に力を注いでいる支援団体さんや個人の方々に敬意を評します。

ただ、現実には一部の人間によって、「動物」の存在が、未だに「もの」のように軽視され、不幸な動物を増やしてしまっているのも事実。私たちがそんな動物たちに今、何ができるかを一緒に考えて、幸せに共存できる未来を作っていきましょう。

また、小説『テイルズ・オブ・オレオ』も新しい物語がオレオたちを待っています(たぶん)。
その時が来たら、またお知らせいたしますね。

今後とも、当ブログをよろしくお願いします。

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📖 **『テイルズ・オブ・オレオ』全10話・完結。** 感想・応援コメントは、この記事のコメント欄、あるいは X(#テイルズ・オブ・オレオ)で、ぜひお聞かせください。次回作にて、また、風の便りを——。

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